「今日は泣かないからね」
 と彼女は笑って見せた。
 
 「裕子、関空への橋が見えてきた」
 と言ったマイクの言葉で、裕子は我に返った。
 空港リムジンバスに乗ってから三十分、彼女は車窓に顔を向けたままだったことに、今ようやく気がついた。
 移り行く夜景の早さに比例するように、マイクとの思い出が裕子の中で駆け抜けていった。
「もうすぐ着くわね」
 裕子は自分に言い聞かせるように呟いたが、
マイクはただ頷いただけだった。
 国際線出発ロビーは平日にもかかわらず、人の波が幾重にも続き、航空会社のチェックインカウンターは搭乗手続きのため長い列が出来ていた。
裕子はクルーが歩く姿を懐かしさの込めた目で追っていた。
 搭乗手続きを終え戻ってきたマイクが、
 「裕子の制服姿を見てみたかった。きっと美しかった思う」
 と言いながら、裕子の傍に立ち視線をクルーの後ろ姿に向けた。
 「コーヒーショップに行きましょうか」
裕子は柔和な笑みを浮かべた。
 混み合っているレストランに比べると比較的、空席が残っていた。
 二人は滑走路の見える窓側の席に着くと、離発着の飛行機をしばらく眺めていた。
 「マイク、日本も日本人もあなたに優しかったでしょう」
 裕子はマイクと過ごせる少ない時間、せめて笑顔を保とうと切り換えながら、こんなことしか言えない自分が悲しかった。
 「僕にとって、日本で過ごした三年間はかけがえのないものだった。裕子、君に会えたことは一生忘れない」
 「私は-----」
 と言いかけてから彼女は微笑みに変えた。
 (裕子は、あなたを忘れたくても、忘れることが出来ない)
と彼女は言いたかった。
 二人の会話の時間はこの上もなく長く感じ、心の時間はあまりにも早く過ぎていった。
 「裕子、そろそろ行かなくては」