「裕子、こんなに苦しませて-----」
 マイクが裕子の身体を抱きしめた。
 「裕子、僕はまだ言っていないことがある」
 「マイク、言わないで辛くなるだけだから」
 「僕と一緒に来てほしい。お願いだ裕子」
 彼女はもうマネージャーの裕子ではなく、一人の男性を愛する女性に戻っていた。
 頬にかかる彼女の髪は涙で濡れ、マイクの胸に顔を埋めながら、彼女は母との会話を思い出していた。
母にマイクと交際していることを話した時、やはり将来アメリカに行ってしまうのではないかという不安を先に聞いてきた。
 「まだ結婚する訳じゃないんだから。そんな心配は早すぎるわ」
 裕子が答えると、
 「和歌山のような田舎で外国人と歩いていたら目立つのよ。きちんと交際するようにしないと変な噂が立ったら困るし」
 と母は眉間に皺を寄せた。
 母の気持ちが解るだけに、その時裕子は反発できなかった。
 彼女が言葉を捜していると、
 「マイクさんとアメリカに行くのが裕子の幸せだったら、母さんは一人でも大丈夫だから」
 そう言う母親は寂しそうな横顔を見せた。
 「心配しないで、私は結婚しても、母さんの側に住むから。母さんを一人ぼっちにしたら、天国の父さんに怒られる」
 裕子は母親の不安を払拭するように笑顔を作った。
 今、マイクの広い胸の中で、逡巡する自分自身を裕子は許せないように思った。
だが、彼のアラミスの香りに包まれて、彼女は疲れた心を休めたかった。
 裕子がマイクの部屋を出た時、高揚していた彼女の心に夜風の冷たさが心地よく感じられた。
 裕子はタクシーに乗ると、シートに埋もれるように身体を預け目を閉じた。
 
      
 追われるように過ぎていくこともあれば、