「平沼さん、乾は仕事が忙しくなったので休学にして下さい」
 柳井はそれだけ言うと、彼女の返事を待つことなく受付カウンターをはなれたが、教室に向かう廊下で立ち止まると振り返り、
 「気にしちゃ駄目ですよ。あいつ、時間がたてばケロッとして現れますから。大丈夫」
 と裕子を思いやった。
ただ問題はパトリシアにあった。
 彼女が本部の外国人講師に二人の事を話したため、裕子は和歌山校を管轄している営業部長に呼ばれた。
 マイクのように人柄が良く、生徒達に人気のある外国人講師は少なく、今いるエドワード、パトリシア、マイクの三人の輪も乱したくないから、生徒達への影響も考えて行動するように注意を受けた。
 裕子からの朗報を鶴首している母が時折見せる寂寥な後ろ姿は既に答えを出していた。
お盆に大阪の叔父が墓参りに来た時だった。
 裕子は叔父と二人で近くにある菩提寺に参った後、仏壇に線香を手向け、母親が入れた冷たい麦茶を飲み干すと、
 「一年はあっと言う間に過ぎてしまった。
義姉さんも少しは落ち着かれましたか」
 と労わってから、
 「ところで、裕子ちゃんに縁談を持ってきたんだけど。先様は次男で将来、義姉さんと同居してもいいと言ってる。良い話じゃないかと思うんだけど。」
 と返答を求めるように母娘の顔を交互に見た。
俯き加減の裕子とは違い、母親は同居という言葉に既に顔を綻ばせていた。
 「実は彼は僕の部下なんだ。人柄は僕が保障するよ。一ツ橋大学を出ているけど、ご両親の希望で大阪に就職したんだ。裕子ちゃん、写真と身上書は後で送るから、一度会ってみないか」
 叔父は義姉の綻んだ顔に快諾を得られるものと思って、裕子には型通りの問いかけをした。
 「叔父さん、考えさせて頂けませんか」