散として、時折教室から漏れる笑い声に裕子は誘われるように笑ってしまった
 七月から羽織るようになった冷房対策のカーディガンをロッカーに仕舞い、留守番電話のスイッチを入れようとしたところに、本部から電話が入った。
 七時半から九時迄のマスタークラスが終わりマイクが事務室に入ってきたが、彼女の電話の相手が本部からとわかるらしく、コーヒーを入れて、彼女の机の上に置いた。
 長い電話が終わり、受話器を置いた裕子が溜息を漏らすと、
 「裕子はいつも一生懸命しているのに。ボスは解っていない」
 マイクが珍しく非難した。
 「だから、あの若さで社長になれたのだと思う」
 と彼女は答えた。
「八月に入ってから、裕子はいつも遅くまで残っているだろう。疲れているんじゃないかとエドワードも心配していた。裕子は働き過ぎだって」
 「大丈夫よ、ありがとう。明日は道場だけど休もうかと思っている」
 裕子は連日九時を回る帰宅に彼女の身体が悲鳴を上げそうで、眠るためだけの一日が欲しかった。
 「僕も休むよ。今日父がサンフランシスコからやって来た」
 「そうだったの」
 裕子は、彼が何故今まで言ってくれなかったのか不思議に思った。
 「仕事で日本に来たんだけど、大阪のホテルを予約してくれたのでこれから行ってくる。
月曜日の夜に戻ってくるよ」
 マイクはそれ以上言うことは避けた。
 「裕子、仕事のことは忘れて、ゆっくり休むんだよ」
 マイクは裕子を包み込むように抱きしめた。
 彼はマンションには戻らず、そのまま和歌山市駅から大阪の難波行きの電車に乗り難波駅にあるホテルに向かった。
 夜の大阪行きの急行電車は乗客も少なく、車窓に映る自分の姿にマイクは問い掛けていた。