さんを送ってくれ」
と言いながら立ち上がった。
五人は二日後に出かけるヨットクルージングの興奮を引きずりながら英会話スクールを後にした。
乾は美佐を先に送り二人だけになると、静寂が車内を包み、カーステレオからの音楽が裕子を救っていた。
「平沼さん、僕と付き合ってもらえませんか」
六歳年上の裕子はこの言葉を一番恐れていた。
「乾さん、私はあなたより六歳も年上です。それに母と二人暮しです。母を残して家を
出ることは出来ないのです」
彼女は乾を傷つけないように言葉を選んだ。
車が赤信号で止まると、乾はハンドルを抱え込み、大きなため息を漏らした。
「分かりました。それをクリアーしたら僕のことを真剣に考えてくれますね」
彼はそう言うと、青信号に変わるのを待ちかねたように勢いよく車を発進させた。
乾の気迫に押され、裕子は答えられずにいたが、彼は彼女の無言の返事として受け取っていた。
美佐を送ってから裕子の家に向かったので、彼女が自宅に着いた時、既に十時になっていた。
玄関を入り、居間に向かうと母親がお茶を飲みながらテレビを見ていた。
「ただいま。母さん珍しいわね」
「何が珍しいの。今何時だと思っているの。
普通の娘さんが帰宅する時間じゃないでしょう」
「生徒さんにヨットクルージングを誘われて、その話で遅くなったの」
「若い人達と遊んでいないで、少しは結婚のことも考えてよ。酒屋の小母さんが紹介したい人がいるって言うんだけど」
裕子は期待を露にしている母親の目を直視できず、
「私がいなくなったら、母さん寂しいよ」
とだけ答えた。
自分の部屋に引き上げると、裕子はベッドに横になりただ天井だけを見つめていた。