いた。
入り口を入ると観光客用にテーブルと椅子がセットされていて、着物姿の女性が生菓子とお薄を出してくれた。
 奥には座敷があり、時折茶会が開かれていた。
 「マイク、作法は気にしなくても良いのよ」
 と彼女はマイクの緊張を解した。
 茶室を出ると、二人は庭園内の鳶魚閣に向かって歩き始めた
 「茶道は解らないけど、お茶を飲んでいる裕子の姿を見ていると、美しかった」
 「そんなに言われると、恥ずかしいわ。お茶を頂ける作法は知っているだけで、深く勉強したことはないの」
 「茶道は人の心が静かになれるよね。その時だけでも」
 「それで充分だと思うわ。自分自身を浄化できる時のように思えるの」
 「僕もそう思う」
 「京都の大学に留学したことのある父が、よく言っていた。日本人には僕達にない武士の心が生きていると」
 「恥ずかしい気持ちになるわ。マイクも気付いていると思うけど、最近の日本は英語が氾濫し、茶髪に染める人が多く、もっと日本を大切にして欲しいと思うわ」
 「僕は上手く言えないけど、裕子を見ていると、父から聞いて想像していた日本女性だと思った」
 マイクの言葉に裕子が微笑を返すと、彼は彼女の肩を引き寄せ、二人は唇を重ねた。
 時折舞散る桜の花びらが、裕子の髪を滑り落ち、長身のマイクの身体を流れて行った。
 僅か数分の出来事が、彼女はこの上もなく長い時間のように感じられた。
 内堀の一部と虎伏山の山稜地形を利用した起伏のある変化に富んだ紅葉渓庭園を後にし、
砂の丸広場に出て追廻門から外に出て、和歌山城と通りを挟んで南側に位置する県立近代美術館に向かった。
 美術館は特別な催し物もなく、日曜日だというのに閑散としていた。
 二人は館内にあるレストランで早めの夕食を取ることにした。