門用のテキストを渡し、
「来週から頑張りましょう」
と言いながら彼女をドアーまで送った。
 二人で事務室に戻ると、裕子は紅茶を入れ、
 「マイク、今日は休みなのにありがとう」
 と再び礼を言った。
「裕子はこの紅茶が好きなんだね。時々事務室に入った時に、この香りがしていた」
マイクは涼しそうな眼をすると、美味しそうに飲んだ。
「紅茶はどれでも好きだけど、アールグレイの優しい香りに包まれると心が解きほぐされるの」
裕子は微笑を湛えながらティカップを口に近づけた  
二人の時間を割くように、問い合わせの電話が入り、マイクは片手を上げ彼女に帰る意志を伝えてから部屋を出て行った。
 その時、初めて裕子は、彼が帰って行くのを寂しいと思った。
新入生のために、わざわざ休日に出て来てくれたのは自分に対するマイクの愛情だと裕子は分かっていた。
外国人講師が休日を仕事のために出てくることは考えられなかったからだ。
 翌日、裕子は体験入学者や入学希望者が多く彼等の応対に追われ、昼食を取ったのが午後四時を回っていた。
 英会話スクールにとって、四月は一年を通して一番入学者が多い時期であり、大阪本部からはボーナス査定に影響しますというコメントが書かれた新入生獲得マニュアルが届いていた。
 六時になると、柳井と乾がやってきた。
 「お二人そろって早いですね。まだ授業まで一時間もありますよ」
 裕子があきれたように言うと、
「今日はクラスの連中も早めに来ますが、いいですよね」
 と柳井は彼女に了解を求めた。
 「今度の日曜日に、根来寺にお花見ツアーを計画しているから。平沼さんも参加してくれませんか。マイクにはもうOKを貰っているから」
 そう言う柳井の誘いに、
 「平沼さん、是非参加してください」