は友達に誘われて山岡先生の道場に来ることになったんだ。もう二年目だよ」
 「驚いたわ。私は長い間休んでいたから」
 「裕子の姿を見つけたときは、びっくりした。しかも有段者でないとはけない袴をはいているじゃないか。スゴイよ。」
 マイクは両手を広げてジェスチャーたっぷりに彼の驚きを示した。
 二人の様子を見ていた山岡先生が、
 「裕子ちゃん、マイクと知り合いなのか」
 と傍に寄ってきた。
 「はい、マイクと私は同じ職場です」
 「そうか、それじゃエドワードもよく知っているんだね。二人とも熱心だよ。そうだ裕子ちゃん、マイクの相手をしてやりなさい」
 「先生、私は長い間お休みしていたので、もっと上段者の方にお願いします」
 裕子がマイクの相手をすることを拒んだのは、彼の手を握ることや、腕を掴むことに内心忸怩たるものがあったからだ。
ところが山岡先生は裕子を見て軽く頷くと、
 「頼んだよ」
と言い、その場を離れた。
 指導している山岡先生は八十歳を迎えても、凛としていたが、後ろ姿は一回り小さくなったように裕子は思った。
 体格の大きかった裕子が叔父と一緒に大人の練習日に参加するようになった小学六年生の時、巨漢の外国人門下生が小柄な山岡先生を囲み彼等は次々と力を加えていったが全て畳の上に倒された。
その時、裕子はマジックを見ているような錯覚を覚えたのを今でも鮮明に記憶している。
 「相手が押せば気で受け止めて廻れ。引けば気で受け止めて廻れ。自分が誘う時は気で導き、それから身体を転換して技をかける」
 後に山岡先生が合気道開祖 上芝盛平翁先生の道文から悟られた技だと語ってくれた。
 日曜日は外国からの武道留学者や在和の外国人も含め三十人程が常に合気道の練習に励んでいた。
 裕子は、気持ちを取り直すと、マイクと向かい合い、
 「お願いします」
 と言ってから一礼して練習を始めた。