か」
「夜分にすみません。もう休んでいたんじゃないですか」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「今日は有難うございました。あのう--‐」
「何か」
裕子は乾が奈良行きの返事を求めて電話をかけてきたことは分かっていたが、自分からそのことに触れなかった。
「いえ、それだけ言いたくて」
「気にしないで下さいね」
彼女は彼が自分に対して特別な感情を抱き始めているのを感じ、彼の若さゆえの言葉や行動を客観的に見える自分を寂しく思った。
翌朝、裕子は久しぶりに早朝から起きて、部屋の掃除を済ませると道衣をカバンに詰め階下に降りた。
「裕子、折角の日曜日なのに早起きね」
毎日職場で遅くまで働く彼女の身体を母親が気遣っての言葉だった。
「母さん、合気道場に顔出してくるわ」
「先生、お元気かしらねぇ。お父さんの葬儀に参列していただいたけど」
「母さん、忘れたの。初七日のあと、叔父さんと私が山岡先生にお礼にお宅まで伺ったわよ。日頃のストレス解消と言っては先生に失礼だけど、道衣を着ると気持ちが引き締まるから道場に行ってくるわね」
彼女は久しぶりに朝の冷たい風を顔に受けながら自転車を漕いだ。
裕子は亡父の弟に連れられ、小学一年生から合気道場に通っていた。
彼女が高校ニ年生の時、初段に合格し、叔父に連れられ袴を購入した喜びは今も鮮明に残っていた。
裕子が大学生の時は、帰省する度に稽古に通っていたが、キャビンアテンダントになってからは、山岡先生の好物の洋酒を持って自宅に挨拶に伺うだけだった。
自宅から自転車で二十分ほどの距離に合気道場があり、日曜日は朝から昼まで大人の練習時間になっていた。
山岡先生の奥様は既に他界され長兄の家族と暮らし、道場は居宅に隣接していた。
居宅の側の小道を奥に進むと道場の入り口
「夜分にすみません。もう休んでいたんじゃないですか」
「いいえ、大丈夫ですよ」
「今日は有難うございました。あのう--‐」
「何か」
裕子は乾が奈良行きの返事を求めて電話をかけてきたことは分かっていたが、自分からそのことに触れなかった。
「いえ、それだけ言いたくて」
「気にしないで下さいね」
彼女は彼が自分に対して特別な感情を抱き始めているのを感じ、彼の若さゆえの言葉や行動を客観的に見える自分を寂しく思った。
翌朝、裕子は久しぶりに早朝から起きて、部屋の掃除を済ませると道衣をカバンに詰め階下に降りた。
「裕子、折角の日曜日なのに早起きね」
毎日職場で遅くまで働く彼女の身体を母親が気遣っての言葉だった。
「母さん、合気道場に顔出してくるわ」
「先生、お元気かしらねぇ。お父さんの葬儀に参列していただいたけど」
「母さん、忘れたの。初七日のあと、叔父さんと私が山岡先生にお礼にお宅まで伺ったわよ。日頃のストレス解消と言っては先生に失礼だけど、道衣を着ると気持ちが引き締まるから道場に行ってくるわね」
彼女は久しぶりに朝の冷たい風を顔に受けながら自転車を漕いだ。
裕子は亡父の弟に連れられ、小学一年生から合気道場に通っていた。
彼女が高校ニ年生の時、初段に合格し、叔父に連れられ袴を購入した喜びは今も鮮明に残っていた。
裕子が大学生の時は、帰省する度に稽古に通っていたが、キャビンアテンダントになってからは、山岡先生の好物の洋酒を持って自宅に挨拶に伺うだけだった。
自宅から自転車で二十分ほどの距離に合気道場があり、日曜日は朝から昼まで大人の練習時間になっていた。
山岡先生の奥様は既に他界され長兄の家族と暮らし、道場は居宅に隣接していた。
居宅の側の小道を奥に進むと道場の入り口
