付けた製薬会社の方をよく見かけましたが」
 「どう思います」
 「どうって?」
 裕子は返事に詰まった。
 彼女は話題を彼の仕事にしたことを後悔した。
 戸惑いを隠せない裕子に、
 「すみません変な言い方をしてしまって。仕事はどんな仕事でも大変ですよね」
 乾は伏せていた顔を上げると笑みを見せた。
 裕子は乾の言葉から、彼が仕事のことで逡巡しているのを察せられたが、それ以上聞くことを控え、バッグから茶封筒を取り出した。
 「乾さん、日本画は興味がないでしょうか」
 と言いながら、裕子は日本画展のパンフレットを差し出した。
 「えっ、これは」
 乾は驚いたようだったが、すぐ苦笑に変わった。
 「平沼さん、これ僕の母です」
 乾は出品欄に乾紀代と書かれたところを指した。
 「乾さんのお母様も参加されているのですか。今日、生徒さんからパンフレットを頂いて」
「母は会員の中では一番の古株で、絵を描くことより運営することに走り回っています。 
展覧会にはぜひ都合をつけて来て下さい」
乾は先程とは違い、いつもの明るい表情に変わっていた。
「日本画展は行く機会がなかったので喜んでお伺いします」
 裕子は遠のいていた絵を鑑賞できることが楽しみになった。
 「平沼さんは国際線だったから、世界中の名画に出会うことが出来たでしょうね」
「クルーだった頃、ステイ先の美術館によく出かけましたよ。難しいことは分からないけど、絵を見ていると心がほっとするような気がして」
 「平沼さんのように、海外の名画を見る機会が持てたことは羨ましいいかぎりです。僕は大学四年生の夏、友達とパリ、ローマを旅して思ったのは、日本はもっと歴史あるものを大切にしなくてはいけないということでし