時計の針が十時を過ぎると柳井が、
「さぁー、そろそろ帰りましょうか。自家用車以外の女性をいつも通り男性軍が送ってください。平沼さんは僕が送りたいけど方向が反対だから乾に頼むわ」
と、乾のほうを見て彼は確認を取った。
「それでは毎度のことですが、送り狼にならないように」
と言葉を足し、皆の笑いを誘った。
レストランを出ると、吐く息が白くなり、冬の夜空が澄み渡っていた。
和歌山市中から車で二十分ほど走ると、乾が住む岩出町があり、市内東部の裕子の家は帰宅途中であった。
乾の車は若者らしい白のスポーツタイプで車内に入ると掃除が行き届き、後部座席には可愛いクッション二個と一緒に、分厚い薬のマニュアルが数冊置いてあった。
乾は裕子の自宅の場所を聞いてから車を発進させた。
「乾さん、申し訳ありません」
「途中ですから気にしないで下さい。キャビンアテンダントをされていたのに、もったいないですね」
「そんな事ないですよ、今の仕事も楽しいですから」
裕子は父のために郷里に戻ったことを悔いたことはなかったが、今の職場で酷く落ち込んだ時があった。
個人レッスンを受けている年配の開業医に、翌月の授業料を促した時、
「君はまるで守銭奴だね。個人レッスンは月払いと言ってたが、なんなら一年分を前払いしてやろうか」
と罵倒された。
運悪く彼はパトリシアの生徒で、また彼女のヒステリックな非難を浴びた。
月末が近づくと毎朝かかる大阪本部からの送金予定額を問合わせる電話に、裕子が尖鋭していた結果だった。
「えっ、何かおっしゃいました」
 裕子が怪訝そうに乾を見ると、
「どこで降ろしましょうかと聞いたけど、何か考えごとをしているみたいで」
「ごめんなさい。もうすぐ行くと酒屋さん