気づいたときには、もう遅かった。


 中立地帯だからといって気を抜いた、隙だらけだったに違いない。足音こそ聞こえてくることはないが、何者かによって後をつけられていることは明確だ。

 全力で走れば撒けるだろうか、いや、気配があまりに近すぎる。

 むかえ討つしかなさそうだ、と剣の柄に手をやった瞬間、そう、そのたった一瞬だった。俺をつけていたはずの尾行人は俺の目の前に姿を現したのだ。

 一体どこから現れたというのか、おそらく上からだろうということが、今、把握できる最低限のことだった。

 下腹部への重みと後頭部への衝撃に低く呻く。どうやら尾行人は木の上から俺の上へと降ってきたらしい。危うくぼやけかけた視界に新緑の葉がちらついた。

 さて、俺が無様にも男か女か、はたまた人間かどうかもわからないモノに下敷きにされてから少なくとも三十秒以上は経っているだろう。尾行人(人ではないかもしれないが)は確実に優位な立場に立っている。殺すなりなんなり、すきにすればいい。しかし、相手が動く気配は全くない。

 ならば、と後頭部への衝撃による痛みから解放され始めた頭を少しだけ起こした。最初に視界に飛び込んできたのは白い太ももだった。

 女……なのか?

 黒のビラビラとしたものが自分の下腹部にも乗っているのを見て、それがふんだんにレースのあしらわれたスカートだとわかるまで、さらに数秒かかった。全貌へと目を向けると、やはり女であるのか小柄だった。

 一瞬だけ"痴女"という単語が頭を掠めて背筋が寒くなったものの、実際に冷たい感触を受けたのは頬であって背筋ではなかった。

 金属独特のヒヤリとした感触。視線だけを横へとずらす。黒い塊…いや、拳銃だ。シリアルナンバーのようなものが視界を掠めるが生憎、俺は銃に関する知識を持ち合わせていない。

 黒いスカート、黒い銃。今ひとつだけ明確なことは、俺が"黒"を大嫌いだということのみ。

 相手が黒の者であるのなら女であろうと構わない。剣の柄に手をかけた。

"カチャリ"

今のは鞘から剣を抜くときの音ではない。何か。銃口が本格的に自分の方へ向けられたことを意味する音だ。

 相手が女なら、と腹に力を入れて一気に起き上がろうとする。が、顎の下あたりに思いっきり銃口を突きつけられて起きかけた頭を易々と押し返されてしまった。

「おっと、妙な真似をするんじゃないよ」