「今、思い出した。前に公園で、お前にボールを拾ってもらったな。アイツが道路に蹴り飛ばしたボールを」

「……正解」

俺のその呟きに、藤谷は短く答え笑った。

その笑みは笑っているのに、何故か泣いている様にも見える不思議な笑みで、そしてそれは記憶の中の男の笑みと重なって見える。

「だから知ってる気がしたのか。……お前の事」

そう言ってクスリと笑って見せると、藤谷はギュッと強く俺の腕を握り締めた。

「守って見せてよ。千尋ちゃんの……《大切なモノ》」

それ以上、藤谷は何も言わなかった。

それが彼の決意の全てだと、俺は理解する。

そして俺は気付いている。

彼の胸へと銃を向ける、この手の震えも。

痛みも苦しさも隠し、穏やかな笑みを浮かべる彼の想いも。

そしてその先に待つ、最低最悪な《悪夢》の時さえも。

しかしそれを全て無視して、そっと息を吸った。

「俺は必ず《アイツ》を救って見せる。だから……地獄で先に待っていろ」

その俺の言葉に藤谷はクスリと吐息を洩らし、それから震える唇を開く。

「うん……待ってる」

その穏やかな彼の答えと共に、引き金を引いた。

するとパンと乾いた音が薄暗い部屋の中に反響し、そして何も聞こえなくなった。

感じるのは切なく悲しい温もりと、そして左肩へと走る、鈍い痛みだった。

そっと自分の左肩を見れば、そこには《Joker》の文字が浮かび上がっている。

……俺は必ず救って見せる。

たとえどんな罪に濡れ、全てを犠牲にしたとしても……俺は《アイツ》を救い出す。

「……颯太」

そう小さく《大切なモノ》の名を呼ぶ。

それはいつかこの世界に堕とされる、哀れな少年の名。

そして俺の……愛しい《息子》の名だった。