その日に限って、老人はいつまでも部屋から出てはこなかった。
「ユウ、おじいちゃんどうしたのかしら。いつもなら、とっくに起きてくるはずなのに」
「起こしてくる。マナはここにいて」
 ユウが老人の部屋へと走っていく。
 マナは自分の席につき、湯気のあがる朝食を見つめていた。
 しばしのち。

マナ!!

「!?」
 突然、ユウの声が脳裏に響いた。
 触れてもいないのに伝わってくる強い感情。こんなことは初めてだ。
「ユウ!!」
 いやな予感がする。
 マナは食堂を出、老人の部屋へ急いだ。
 扉は開いたままだ。中へ駆け込む。
「おじいちゃん、ユウ!!」
 ユウは老人を抱き上げ、ベッドへと運んでいる途中だった。
「おじいちゃん、どうしたの?」
「倒れたんだ。マナ、薬を。いつものやつでいいから」
「ええ」
 ベッドの脇に落ちていた錠剤を、マナは拾いあげた。
 備え付けのバスルームに行き、グラスに水を入れ、戻ってくる。
 ユウは老人の背中を支えて起こしてやると、薬を口に入れてやった。
 グラスを口に運び、ゆっくりと傾けると、老人は静かにそれを飲んだ。
「おじいちゃん、大丈夫?」
 マナが心配そうに問うと、老人は安心させるように笑った。
「……ああ、大丈夫。少し、目眩がしてね。薬を飲んだから、もう落ち着くだろう…」
 だが、老人の顔は血の気が引いて、病的に白くなっている。
「何か食べないと」
「ああ、では何か温かいスープでももらえるかい?」
「ええ。すぐ温めて持ってくるから、待ってて」
 マナは急いで部屋を出ていった。
 食堂へと向かう足音が、老人の部屋まで微かに届いていた。