「――」
マナは正直、老人の言うことを全て理解できたわけではなかった。
ただ、熱心に聞き入っていたそのわけは、老人の言葉が今までマナの学んだどれにも当てはまらなかったからだ。
抽象的な概念と証明のない思想。
マナはそのことにとても興味を覚えた。
物思いにふけるマナに穏やかな視線を向け、老人は言葉を繋ぐ。
「ユウを、許してやっておくれ。あの子はまだ子供だ。我々が大事に大事に甘やかして育ててしまった。優しい子だが、とても淋しがりなのだ」
「あなたが、いたのに?」
「私がいてもだよ。あの子にとって必要なのは、決して手に入らないものだ。それ以外の何を与えても、あの子は決して満たされないのだ」
「ユウの欲しいものって?」
「決して会えないもの。
決して許されないもの。
決して愛せないもの。
あの子が望んでいるものは、そういったものだ。
あの子自身がそれを一番よく理解している。だから、淋しいのだ。
そして今、ユウはおまえさんの中に、手に入らなかったものを重ねている。だが、おまえさんはそれにはなれない。おまえさんはいずれ戻る子だからな。
すまんが、それまでは私達と一緒にいておくれ。
ユウも落ち着けばおまえさんを返す気になるだろう」
「いいわ。あたし、ここが何処かもわからないの。ひとりでは帰れないわ。きっともう少ししたら、博士が来てくれるかもしれないし、それまでは一緒にいてもいいわ」
「ありがとう、マナ。おまえさんは優しい子だね。
では、食堂へ行こうか。きっとユウが朝食を作ってくれているはずだ」
老人が杖を支えに椅子から立ち上がり、ドアに向かってゆっくりと歩きだす。マナはその後ろ姿に、無意識のうちに呼び掛けていた。
「おじいちゃん」
呼んでから、マナは狼狽えた。
呼んでみたかったのだ。
ユウが老人をそう呼ぶのが、とてもあたたかく、優しい感じがしたから。
振り返った老人は、そんなマナの動揺を気にしたふうもなく、次の言葉を待っている。
「そう、呼んでもいい…?」
ためらいがちにかかる声に、老人は穏やかに微笑う。
「ああ。いいとも。さあ、食事にしよう」