「――いいえ。そんなことは、もうどうでもいい。どうでもいいのよ」

 シイナは何度も頭を振り、自分の内に溢れる怒りや絶望を追い払おうとした。
 嘆くよりもすることがあるはずだ。
 自分を憐れんで、それで何が残る。
「大丈夫よ。あの子は私を裏切ったりしない。あの子は素直ないい子だもの。今までだって、私の言うことはよく聞いた。何も心配はないわ。あの子は自分の義務をよくわかっている。今は少し混乱しているんだわ。あまりにひどい環境で、不自由な生活を強いられたんだもの。ここで暮らせば、また元通りのマナに戻るはずよ」
 マナがユウを気にかけるのは、たぶん彼女の内にある母性本能の名残に過ぎない。
 一緒に暮らしたのだ。
 多少の情は移るだろう。
 だが、それだけだ。
 そもそも、異性に対する愛情など、マナに育つはずがない。
 フジオミの大げさな言いように自分でも思わぬほど動揺したことを、シイナは今更ながら馬鹿らしく思った。
「――」
 大きく吐息をついて、シイナは天井を仰いだ。
 和らかな明かりも、今は自分には邪魔だった。
 腕で光を遮り、シイナはただマナを思った。
 マナ。
 自分が育てた、大切な少女。
 彼女は唯一の希望だ。
 人類を滅びから救う、たった一人の女性体。

「マナ、私のマナ。救ってちょうだい。私達を。それ以外何も、望まないから……」

 シイナは祈るように呟いた。