「どうしたの、ユウ!?」
「ごめん、少し、疲れただけ」
 ユウの顔色が悪いことに、マナはその時初めて気づいた。
「ああ、どうしよう。あたしのせいだわ。ごめんなさい、ユウ。あたしが無理なお願いをしたから」
「いいよ。マナだから。どんな無理でも、聞いてやる」
 かすかに微笑んだユウに、マナの胸が熱くなる。
「じゃあ、あたしがユウの願いを叶えるわ。言って。どうしてほしい?」
「ああ。このまま、少し、休ませて…」
 ユウはそのまま、マナに身体を預けた。
 マナの背が、ユウの重みで壁に触れる。
 労わるように、マナはその背をなでた。
 天井の明かりを避けるように片手で目を隠し、ユウはそのまま動かなくなった。
 どのくらいそうしていたのだろう。

「マナ。シイナは言ったよ」

 小さく、ユウは呟いた。
「?」
「『どうして死ななかったの』って。憎しみでも憐れみでもなく、俺にそう言ったよ。あの人は可哀相な人だ。ただ一つのこと以外、心を占めない。それ以外何もない。全て切り捨ててる」
 静かに床に手をついて、ユウは体を離した。
 じっとマナを見据えるユウの眼差しは、哀しみをたたえていた。
「俺はどうすればよかったんだろう。シイナの望むものになれなかったのが、いけなかったのか。
 俺はシイナが好きだった。マナと同じように、彼女が本当に好きだったんだ」
「ユウ」
 とっさに、マナはユウを抱きしめた。
 彼が泣きたいのが、わかったから。
 憎むことで、彼は生きてきたのだ。
 今はもう、ユウの心に憎しみはなかった。
 あったとしても、それは微妙に形を変えていた。
 ユウが憐れだった。
 痛みしかない、彼の心が。
 なぜこんなにも、彼は傷つかなければならないのだろう。
 どうしてもっと、全てが彼に優しく在れないのだろう。
「ユウ、大丈夫よ。泣かないで。もう忘れるの。あたしが傍にいるから。もう誰も、憎まないで」
 何でも知っていて、何でもできるはずのユウは、時折子供のように愛おしい。
 だから、マナは気のすむまでユウを優しく抱きしめていた。

 せめて自分だけは、彼に痛みを与えることがないように。