「――」
水だ。
見渡すかぎりの青い水だ。
これは海。
群青の水の中、白く寄せては返す、これは波だ。
老人の言葉が、マナの視界に映るものとぴったりと重なる。
「これが、海――?」
「ああ。そうだよ」
海の向こうは雲に一直線に遮られていた。
それがかえって、この地上が実は球体であるということをマナに認識させた。
平らに見える水平線は、大きな球の一部に過ぎないのだと。
ただ、大きすぎるだけで誰もそれに気づかないのだと。
潮騒が、全てをかき消していく。
なんて、世界は美しさに満ち溢れていることか。
知らず知らず、涙が溢れた。
「マナ、どうかしたのか?」
頬を伝う涙に気づいて、ユウが問う。
「ううん。違うの――」
マナは涙を拭おうとはしなかった。ただじっと、海を見ていた。
「おじいちゃんの言ってたこと、本当だった……」
初めて地を覆う濃く青い水を目のあたりにしたとき、涙が出たよ。こんなにもすばらしい光景が、あっていいものかと。
私達の住む星の、なんと美しいことか。
よせてはかえす波のさざめきが、どこまでも続く海。わたる風さえ、命の鼓動をはらんでいた。
今マナの眼前に広がる海は、老人の心と同調したような感慨を彼女に与えた。
なんて、美しい。
言葉にできない、こんなものが自分の中にあるなど、マナは今まで知らなかった。
溢れる涙を止めることができない。
これが、海。
濃い青に染められた、まるで意志を持つかのようにさざめく、これが海なのだ。
人という存在のなんと矮小なことか。
この偉大な世界の中のほんの一部分にしかすぎない。
これは全ての命の母。
全ての命を継ぐ存在。
「――」
全てが、愛しかった。
この世界にある全てのもの、生きている全てが愛しかった。
ここで、こうして風に触れていること。
海を見ていること。
生きて、感じていることが、愛しかった。
「ユウ、すごいわ。すばらしいわ。こんなに綺麗な所に、あたし達、住んでたのね。今まで知らなかったの悔しいくらいよ。ドームの中にずっといて、こんな綺麗なものを見たことがなかっただなんて、馬鹿みたい。本当に、馬鹿みたいだわ」
マナは泣きながら、ユウに抱きついた。
「綺麗ね。本当に、なんて綺麗なのかしら。ここから、生命が産まれたのね。ここから始まって、あたし達、ここにいるのね」
老人が夢見るように語った美しい世界が、確かにそこに在った。