その部屋に、窓はなかった。

 外部からの有害なものを全て遮断するよう作られたためである。空調の行き届いた完璧な空間に、換気としての役割を担う必要はなかった。
 だが、観賞としての役割を補う代わりに、部屋の側面にはスクリーンパネルが窓を似せて張り巡らされ、外の景色を投影するようになっている。
 もちろん、好みの景色に切り変えることも可能である。

「綺麗ね――」

 マナは無意識にそう呟いていた。
 今彼女が見ているものは、そこに本当の窓が存在したならばそのままに映る、青い空だった。
 明るさを含んだ青に、はっきりとした大きな白い雲が形を変えながら流れていく。
 このスクリーンから見る外界の景色を、マナはとても気に入っていた。それは、彼女の瞳がじかに見ることのない、決して触れることも感じることもないものだからだ。
 マナの知っている世界は、この白い壁の中だけだ。
 彼女は太陽の光の下に立ったこともなければ、暗闇を照らす月光も、星の瞬きも見たことがない。
 草の間を抜けていく風に吹かれたこともなければ、柔らかな地面の感触も知らなかった。

 識ることはあっても、感じることはない。

 それがマナの全てだった。