「ねえ、今の私たちのこういう会話って、まさに『負け犬の遠吠え』ってやつじゃない?」
「何それ」
「知らないの? 今ベストセラーなんだって。三十代で夫も子供もいない女を、『負け犬』って言うらしいよ」
そう、まだあの言葉の流行りだすはしりの時で、知っていたのは職業柄、流行に敏感な千紘だけだったのだ。さっそく千紘がいつも持ち歩いている巨大なエディターズ・バッグからその本を取り出して“負け犬”の条件を読み始めた。三人ともそのひとつひとつがあまりにもズバリ自分たちを指していて、爆笑した。
「なにこれ、絶対に美夏だよ! 知り合いが書いてるんじゃないの」
「なにいってんの、絶対に羽純だって」
「これこれ、ちょっと聞いて、これまさに千紘だよ『歌舞伎など、難解な伝統芸能にのめりこむ』だって。そういうことを語る時に出る得意げな雰囲気を、『イヤ汁』っていうんだってよ」
当り過ぎていておかしいやら情けないやら、三人で本を奪い合い、誰かがひとつ読み上げるたびに同時にテーブルを叩き、お互いを指差して笑い転げ、しまいには涙まで流して笑い続けたっけ…。
あの時に、あんな話題であそこまで無邪気に残酷に笑えた自分たちは、本当に若かったのだと美夏はつくづく思う。
「何それ」
「知らないの? 今ベストセラーなんだって。三十代で夫も子供もいない女を、『負け犬』って言うらしいよ」
そう、まだあの言葉の流行りだすはしりの時で、知っていたのは職業柄、流行に敏感な千紘だけだったのだ。さっそく千紘がいつも持ち歩いている巨大なエディターズ・バッグからその本を取り出して“負け犬”の条件を読み始めた。三人ともそのひとつひとつがあまりにもズバリ自分たちを指していて、爆笑した。
「なにこれ、絶対に美夏だよ! 知り合いが書いてるんじゃないの」
「なにいってんの、絶対に羽純だって」
「これこれ、ちょっと聞いて、これまさに千紘だよ『歌舞伎など、難解な伝統芸能にのめりこむ』だって。そういうことを語る時に出る得意げな雰囲気を、『イヤ汁』っていうんだってよ」
当り過ぎていておかしいやら情けないやら、三人で本を奪い合い、誰かがひとつ読み上げるたびに同時にテーブルを叩き、お互いを指差して笑い転げ、しまいには涙まで流して笑い続けたっけ…。
あの時に、あんな話題であそこまで無邪気に残酷に笑えた自分たちは、本当に若かったのだと美夏はつくづく思う。
