遠吠えクラブ


 料理好きが高じて、有名料理家の教室でアシスタントをしていた美夏は、ため息をついてこう答えたはずだ。

「私はお料理が好きだから、家で毎日お料理を作っている暮らしもいいと思うけど。でも結婚するとだいたい男性ってトンカツとかカレーとか、そういうものしか食べたがらないっていうじゃない?
 
そんなのばっかり作ら-されて、どんどん料理のセンスが悪くなる生活だったら、今のほうが全然いいわ。

 結婚するなら、私のお料理の真価がちゃんとわかるデリケートな舌と洗練された感性のある人じゃないと無理かも」

 ちょうどその時、少し離れた若い女性グループのテーブルで耳ざわりな嬌声があがった。振り向くとその隣のテーブルの学生風グループが、酔いに乗じて彼女たちに自分たちのワインを強引に勧めている。それは、旨いものを食べるシンプルな歓びとともに、その歓びを共有し交流させあう幸せがこの店に満ちていることを象徴する、微笑ましいシーンのようにも見えた。

 しかしその女性グループの放つ若々しい華やかさが薄暗い店内で発光するように浮かび上がって見えた時、自分たちが“その他大勢”という闇の中に完全に溶け込んでいることを、三人は同時にはっきりと感じたのだった。
 
 急に叫びたいほどの居心地の悪さ、恥ずかしさに駆り立てられ、しかもお互いがそう感じていることがさらにいたたまれず、長い沈黙が訪れた。その時、千紘がふいにぷっと吹き出しながら言った。