遠吠えクラブ


 人材派遣会社で経理事務をしていた羽純が、たっぷりのオリーブオイルで煮込んだ熱々のマッシュルームを形のいいふっくらとした唇に運びながら答えた。

「千紘はいいよね、仕事が楽しそうで。あたしは、今の会社でそんなにしてまで働きたくない。三十分残業するのだって絶対に嫌」

 丸顔で童顔の千紘、美人だが男顔の美夏と違って、羽純はもうじき三十にはとても見えない、美少女風の清楚なルックスだった。「経理課の妖精」と憧れる男子社員も多いし、「ポーの一族」と呼んで怪しむ女子社員もいる。

 中年男性の受けも抜群で、三人で外で食事をしていると必ず近くの席の見知らぬ紳士がご馳走してくれる。羽純抜きの二人で食事をしてもそんなことはまず起こらない。絶対に。

 そんな魔性美女・羽純がなぜ三十歳間近になっても独身なのか。それは極端な家事嫌いと贅沢癖のせいだった。食べ歩きは大好きだが料理が大嫌い。年取ってから生まれた羽純を溺愛している両親は、リンゴの皮ひとつむかせたことがないという。

「だからあたしはね、すごくお金持ちの男性と結婚して、家政婦さんと料理人を雇ってもらって、お料理は趣味で1年に1回くらい、イベントみたいにやるのがいいの。

 子供がね、『今日はお母様がお料理をつくってくださる』って、特別なプレゼントみたいに大喜びする、そういうお料理ならしてもいい。

もちろん家政婦さんに全部仕込んでもらって、仕上げだけ私がするのよ。じゃなきゃ、結婚なんてできないわ。だって無理だもの」