遠吠えクラブ

 なんでも千紘は社長に呼ばれてその内定を聞いた時、編集部に戻り誰もいないのを確かめた瞬間、インディアンの喜びの踊りを踊りながら上司の机のまわりをぐるぐるまわったという。

 ふと気がつくと、宅急便のお兄さんが荷物を持ったままドアのところに立って凍りついていたそうだが。

 美夏は店を包んでいた喧騒に吸い込まれた自分たちの笑い声、開け放した窓から入ってくる初夏の熱気、皿に置いた瞬間からじんわり汗をかいたように溶け始めるハモン・セラーノの甘い脂、それが吸い込まれていく千紘の脂で濡れて光っている唇、そこから次々に繰り出された言葉を思い出す。

「今まで、仕事の労力の半分は、上司への根回しと機嫌取りだった。でももう、100%で仕事できると思うと嬉しくてうれしくて。

今、死ぬほど仕事したいって気分なの。ほんとに結婚してなくて、子供がいなくてよかった。

こんなタイミングの時に、保育所の時間を気にしながら山ほど仕事残して帰る生活しなきゃいけなかったら、ほんとにつらいだろうと思うな。あたしは耐えられない」