その質問に私の心臓が静かに跳ねる。


「うん…。昔ね」


私がそう言うと、田原さんは納得し、携帯をいじりはじめた。



────昔。


まだ私が小学三年生の時────。


登山が好きだったお父さんの提案で家族四人でこの山を登ることになった。


その山の斜面は緩やかで、子どもの私でさえキツイと感じなかったのを覚えている。



でも、やっぱり子どもの足。


数時間で疲れてしまった私は駄々をこね、帰りたいと何回も叫んで泣いた。


呆れ気味だったお父さんとお母さんが、『泣くんだったら置いていくからね』と、怒りながら私に言うの。


それで私はまた大泣き。


しゃっくりをしながら涙を流していると、私の右手が何か温かい何かに包まれたんだ。


「花、後少しだから頑張ろ。花の好きなおにぎり食べれるよ」


目を細め、私に安心を与える笑顔を見せながらそう言ったのは、──お兄ちゃんだった。


私よりも大きな手で私の手を包み、慰める様に優しく言うお兄ちゃん。


それだけで私は駄々をこねるのをやめて、涙を拭い、お兄ちゃんと手を繋いで山を登ったんだ。


あの笑顔とあの手の温もりは今でも忘れなれない…。


この山は私にとってお兄ちゃんとの大切な思い出の場所の一つなんだ──。