つらい時期も決して無駄ではないと今まで思っていた。悩めば悩んだ分だけ得られるものはあるし、その経験が糧となり大学もそれなるにうまくやっているつもりだった。
入学してからは、ちょっとしたことでは悩まないし、孤独に対しても恐怖はなかった。僕は高校生の時期が自分を成長させてくれたと思っていた。悩みや苦労はできることなら経験したくない。ただ自分の限界と対話し、触れあうことで分かることがあるし、精神的な強さも手に入れた。

 ただ僕の体には父とアルの血が流れていた。

 簡単なことだ。
アルがいなくなればいいのだ。高校二年のときそう思った。無論、殺すわけにはいかない。次に考えられるのは、どこかアルコール中毒者を扱う施設に預けてしまえばいいのだ。そのためにはアルの同意が必要だ。母は父に訴えた。「アルと同じ屋根の下で過ごすのはもう御免だ、施設へ預けてほしい」父は黙ったまま、イエスともノーとも取れない顔でいた。
 それから機会を見つけて父とアルは何やらぼそぼそと話した。
 僕と母は事態が解決に向かうことを期待していた。明日にはアルがいなくなって、静かで何に怯えることもない生活ができると。

 父は仕事人間だった。勤め先の銀行へ朝の七時半に出かけ、夜十時、遅い日では深夜一時に帰宅するということも珍しくなかった。後から気付くことだが、相当貯金はあった。
僕が幼少の頃は分からなかったが、父は極めて寡黙な人だった。別に話すのが大嫌いというわけではないようだ、話しかければ返してくれたし、楽しそうに見えた。ただ自分から話せないのだ。父よりはましだと思うが、それは僕にも通ずる。自分から話す術のない人間は対人関係に苦労する。良い人たちだけなら問題はないが、多くの場合気に入らない人が存在する。そんな人たちと話し合いによって解決をしなければならないときがある。
母がアルのことで父に文句をつけても何もできなかった。アルと二人で何かしら話していたのは見たことがある。僕はこの状況が進展することを願っていた。しかし状況は悪化するばかりだ。今から思えば父は自分からアルに何も切り出せなかったのだろう。