冷雨のあと

 何事もなかったかのような夫婦生活だ。逆に良好だ。新築の家はモダンなデザインで素敵だった。
 前の家は風呂のシャワーの勢いがなく、ボイラーの調子も悪い、そして何より僕の部屋がなかった。それらの問題をすべてクリアーした新築の家は住み心地が良かった。
母は早くに起き、父のために湯を沸かしてコーヒーを作る。父は朝食をあまり食べるほうではなかったので六枚切りの食パンを半分に切って焼く。朝のニュースを眺めながら
「日本代表のサッカー選手は根性がない」
「あんな政治家は辞めてしまえ」
ぶつぶつ文句を言う。新聞を持ってトイレに二十分こもる。そして会社に行き、僕も学校に行く。

 アルのことには触れない、そんな暗黙の了解があった。嫌なことには目を伏せて生きる。ただの現実逃避だ。
 日曜になると父は何も言わずに一人で出かけた。行き先はだいたい察しがつく。アルの様子を見に行っているのだ。母とアル、どちらを優先するのか決められない。どちらにも気をつかいながら、時がたち、忘れ去られるのをただ待ち続けるのだ。

 決して正しい家庭のあり方ではないだろうが、以前よりはだいぶ良くなった。両親の醜さ、愚かさを嫌というほど見せられた。僕の精神は歪み、人生に冷めてしまった。もともと勉強はできる方ではあったのでD組ではあったが大学に進学できた。
 ソーリは地元の誰でも入れるような大学に進学した。
 何をやるつもりなのか、大学というモラトリアムで、僕はそう尋ねた。
「まだ見ぬ新しい自分に出会えたらいい」
 進学が決まったとき、ソーリはそう答えた。