「ちょうど蓮が生まれる頃、あの人が結婚したと聞いたの。元々一族が決めていた、由緒正しき家のお嬢様と。それは仕方のない事だし、私は仕事と蓮の世話に追われていた。……必死だった。この子だけは私がちゃんと育てて見せる。他の何を捨てたとしても……そう確かに思っていたはずなのに」
そう言うと彼女は、左手の薬指に嵌められている指輪にそっと手を触れる。
「蓮が三歳になった時、貴女が生まれた。そして……明君も」
彼女の口から出たその名に、グッと息を呑む。
「そんな時、貴女のお父さんに言われたの。《バイオリンを……本当に諦めてしまうのか》って。彼は音楽にとても熱い人で、私が蓮を産んで音楽の道を閉ざす事に、酷く反対していた。でもそんな彼を押し切って蓮を産んだ筈なのに……私、後悔していたの。蓮を……産んだ事」
その彼女の言葉に何も返せないまま、ただ静かに彼女を見つめる。



