「……明」
ノラは小さく俺の名を呼ぶと、繋いだままの手をキュッと握り締める。
その彼女の手をそっと離すと、エレベーターの壁に背をつけたまま俯く。
「……俺、あの人が嫌いなんだ」
俯いたままそう答えると、ノラは少しだけ悲しそうに眉を顰めた。
それから暫く沈黙が続き、エレベーターが十五階へと到着する。
エレベーターから降り廊下を進むと、《1501》のプレートが掛けられた黒い扉の鍵を開けた。
そのままノラを部屋の中に押し込み自分も部屋に入ると、バタンと音を立てて扉が閉まる。
そして全てを拒絶する様に鍵を掛けると、そのままズルズルと崩れる様に玄関にしゃがみ込んだ。
「……大丈夫?」
そう言ってノラは玄関で膝を抱える俺を心配そうに窺う。
「……あの人、ノラに何か言った?」
その俺の問いにノラは小さく首を傾げると、困った様に視線を揺らした。
「その……明のお父さんと私のお父さんが……大学時代の友達だったって。あと、明と……蓮が小さい時の写真を見せてもらっただけだよ」
ノラは何故か俺から視線を逸らしそう答えると、微かに表情を曇らせて俯いてしまう。
「……そう……なんだ。……知らなかった」
そんな事は知らなかったかの様に装うと、フラフラと立ち上がり靴を脱いで部屋へと上がった。
すると窓際で寝転んでいたシロとクロがトコトコと走り寄って来る。
二匹は小さく鳴きながら、俺とノラの足元に纏わり付き、スリスリと体を摺り寄せて来た。
それはまるで不安定な俺を慰めている様に感じ、遠い昔に引き戻されてしまいそうな弱い自分を必死に立て直す。
「ごめんな。ほら俺と蓮って異母兄弟でさ、色々と困った事があるんだよ。そのせいで親父とも上手くいって無くって……ま、気にしないで」
そっとシロを抱き上げニッコリと笑みを浮かべて見せると、ノラは真っ直ぐに俺を見つめ……それから小さく笑みを返し頷いてくれた。