「待たせてすまなかったね……蓮君」

そう言って僕の座る正面に、黒いスーツ姿の男がゆっくりと腰を下ろした。

その男は無表情を崩さないまま、少し冷めた目をして真っ直ぐに僕を見つめている。

「いえ、こちらこそすみません。忙しいのにお時間を取らせてしまって」

僕のその言葉に彼は小さく首を横に振ると、微かに笑みを浮かべた。

「いや、構わないよ。それに君がここに来るとは思わなかった。生憎《彼女》はここには居ないんだがね。公演の準備で今日は帰らない」

「知っています。あの人が居たら、僕はここには来なかった」

僕のその答えに彼は小さく息を漏らすと、「そうだったな」と呟いた。