「何でもな…」
そう言いかけて口を閉じる。
ミラー越しに見えるまどかさんの表情は少し青い。
……焦っている?
多分さっきの俺の言葉が聞こえたんだろう。
…ここで言及することはできる。ていうか絶好のチャンスだ。
俺はenの正体を知っているんだと言ってしまえば、まどかさんはきっと正直に話してくれる。
「………何でもないよ」
「そう?」
信号機が青に変わり、車は再び発進する。
まどかさんの表情からは焦りの色は消えていた。
まだまどかさんを、enを…七海を揺さぶるわけにはいかない。
万全の状態の七海と世界で戦うためには、まだ言ってはだめだ。
「着いたわよ」
気づけば、俺の家の前だった。
「ありがとうまどかさん」
車から降りて、ドアを閉めようとすると
「那智‼」
まどかさんに呼びとめられた。
「ん?」
「………何でも無いわ。しっかり休みなさいよ」
「ああ」
ドアを閉めて、車から離れるとまどかさんは発進させてどこかに行った。
携帯の時計を見ると午後六時を指していた。



