社長室の、木でできた扉をノックしようとした時、中から声が聞こえてきた。
「……これ…」
悪いとは思いつつも、扉に耳をくっつけて聴覚を研ぎ澄ませる。
間違って、いなかった。
中から聞こえているのは…enの歌だ。
時々、歌いなおしているからCDでは、ない。
――enが、中にいる
「……歌うのが好き?en」
ちょっとくぐもったまどかさんの声が聞こえてくる。
「うん、好き」
俺は、初めて聞いた、歌声でないenの声に驚愕した。
初めて聞いた声じゃない。
昨日聞いた。今朝も聞いた。
俺に注意してきたあいつの…
いや、待て。声が似ているだけかもしれない。
まだ決まったわけじゃない。
けれど、俺のそんな考えはむなしく、答えは告げられた。
「―――七海は昔から歌が好きだものね」
まどかさんが楽しそうな声でそう言った。
それなのに俺は、信じようとしなかった。
静かに、足音を立てないように数メートル下がり、一気に走って社長室の前まで向かった。
そして大げさに扉をノックしながら
「社長‼」
扉を、開ける。



