おぼつかない足でてくてくとついてくる美咲を、まだ呂律も回らない口調で『かけりゅくん』と呼ぶ彼女を、幼心でも俺は心の底から愛しいと感じていた。




つまり、彼女に恋をしたのは自分のほうが先だったのだ。





本来ならば、設楽家と花菱家の友好のための婚約は俺の姉、ひばりと花菱家長男、夏さんだけのはずだったが毎日のように一緒にいる俺と美咲を見ていたお節介な双方の母親たちは、『こんなに仲がいいのだから、一緒にいたほうがいい』と父たちを説得し、俺が6歳、美咲が4歳の時に両家とも合意された後に婚約者となった。




まだよく結婚とかわからなかった俺たちはとりあえず、大人になっても一緒にいられることを喜び、よくやる指切りげんまんをした記憶がある。




今思えば、あの時は単純だった。




婚約したと言っても、そこでハッピーエンドになるほど簡単な話ではないことも知らずに。






数年の月日が流れ、美咲と一緒にいる時間が短くなっていくにつれ、段々自分が変わっていくのに気づいた。




同時の設楽は急成長してきた財閥の一つで、その跡取りである俺に期待の目が向けられるのに時間はかからなかった。




父への強い憧れもあったせいか俺は周りの期待を捨てることの出来ず、その期待全てを応えるために必死に勉強をして、仕事も徐々に覚えていった。




幼いころからずっとそういう世界で生きてきたせいか、猫を被るのもだいぶうまくなり、大抵の人とはすぐに打ち解けるようにもなった。




全てが順調に見えた気がした。




ある一点は除いてだけど、




そうそれは





「あっ、翔くんだ、わーい」





俺の婚約者で、想い人でもある花菱美咲のことについてだった。