ある文豪は『I Love You』を
『今夜は月が綺麗ですね』
と訳し。
あるいは、
『あなたといると月が綺麗に見えます』
と書き表したんだと。
「……ふーん」
流暢に話された説明にひとつ相槌を打ちながら、ぱたりと手の中の本を閉じた。
何故このような話を持ち出したのか。
脈絡もなく、突然に。
その意図が明らかにされた今、先程の自分の発言が酷く滑稽に思える。
「まぁ、確かに絢が言った通りなんだけどさ。それはあくまで格式があるだろ?綺麗すぎるんだよ、つまり…」
「己の言葉で、ってこと?」
「そうゆうこと」
ニッコリと満足げに笑いながら頷く表情は、先程見せた厭らしい笑みではなかった。
それを見て、ふむ…と考え込む。
―――『愛してる』
この言葉を使うことは、日常ではめったにない。
恋人と愛を囁き合うとしても、だ。
そう簡単に口に出来る代物ではない。
現に私は今まで使ったことはない。
今だにその言葉の奥深さ、貴さを知らないでいる。