「どうやら思い出してくれたようだね」
ぼくの呟きに、綺羅さんはコクリと頷(うなず)いた。
人魚は架空の存在であって、実在はしない。
少なくとも、ぼくはそう思っていた。
だから、海の中にいた人魚のことはもちろん、
その人魚が手鞠ちゃんだとも気づかなかった。
いや、それよりも驚いたのは…………。
「麻生くん……手鞠ね、助けてくれた麻生くんに恋をしたんだって……」
「だって……2年前のことですよ?
ぼくは……彼女を助けたことさえ忘れていたのに……?」
手鞠ちゃんはその時からずっと、ぼくを好きでいてくれたのか?
そう思えば、胸の奥がほのかに熱くなる。
手鞠ちゃんを、よりいっそう愛おしく感じる。
「時間がない、話を続けよう」
――――まただ。
また、綺羅さんは時間がないと言った。
いったい、何に対して時間がないというのだろう。
その疑問を解消できたのは、
綺羅さんによってこれから放たれる残酷な言葉だった。



