「久遠!?」

オレはすべての疑問を名前にぶつけた。


久遠は、こっちの存在に気づかない紀美子の姿を、ただただ見つめているだけだった。





「ねぇ、あんたさぁ、久遠にちょっと優しくされたからっていい気にならないでよね?」



紀美子の甲高い声が静かな旧校舎に響き渡る。


「ちょっと、聞いてる?

久遠はね、あんたみたいなお嬢さんが近づいていい人じゃないのよ」


「…………知ってます」



はっきり聞き取れる澄んだ声は……紀美子の声に応えた声は、やっぱり手鞠ちゃんの発するものだった。



オレはかわいい純粋な手鞠ちゃんが紀美子の餌食になるのが怖かった。

足を一歩踏み出せば、久遠の手はオレを制してくる。



なんで…………。


なんでだよ、久遠!!



紀美子に何かされるかも知れねぇんだぞ?

手鞠ちゃんが傷つくかも知れねぇんだぞ?



久遠の顔を、ここへきてはじめて見れば、久遠は…………目を伏せて立っていた。

まるで……この耐え難い雰囲気をすべて受け入れているようだ。


なんでだよ?

なんでそんな苦しそうな表情してんだよ?