マリア

 駆け足で裏口に向かう。ミュールの細かい足音が薄暗い廊下に響く。マリアの鼓動もそれに合わせ小刻みに鳴る。裏口にたどり着くと、マリアは小さく息を整え、手を延ばした。だがノブにかけた手がふと止まった。
 もし、このドアを開けても、あの男はいないのではないか。昨夜の出来事はやっぱり夢だったと思い知るのではないのか。そうだ、あまり期待をするのはやめよう。裏切られて後悔するのは自分なのだから。そうなるのならいっそはじめから期待しないほうがいい。
 しかし、そんな心とは裏腹に胸がドキドキと波打っている。居る、居ないどちらにせよ開けないわけにはいかない。マリアはゆっくりとノブを回した。
 ギィという鈍い音をたて、ドアが開く。
 ドアの向こうに男の姿はなかった。かわりに雨だれのくぼみに小さな水たまりができていた。やはり期待していたのかマリアは小さくため息をついた。