マリア

「赤十字社では僕はいろんなワクチンを研究した。それと自分のこと」
 そう言うと、徳二朗は少し黙り込み、遠い目でまた窓際に目をやった。
「それで、二十一歳のとき発見したんだ。僕の細胞の中に、ある特殊なヤツがいるって」
 徳二朗の顔に嫌悪の表情が浮かぶ。
「いろいろ調べた。自分をモルモットにして。それでわかったんだ。ヤツ…新細胞“アダム”が言語に必要な脳細胞を攻撃しているせいで、僕は言葉が喋れない」
「アダ…ム」
「そう。僕がつけたその細胞の名前。それでね、僕はやっつけることにしたんだ。“アダム”を」
「そんなこと、できるの?」
 マリアの問いに、徳二朗はさらに険しい表情になる。
「できる……はずだった」
 はず。マリアはその時、悲しき天使を見た。窓から漏れる僅かな日の光に、顔半分を照らされ歪んだ笑顔を浮かべる。どこか、遠くへ行ってしまいそうに見えて、つないでいる手を強く握りしめた。