「まだ娘さんと話足りないのではないかと思いまして。そこで、できる限り治療して、寿命を延ばそうかと・・・」
「何よそれ!!」
あたりがしんとなる。
「さっきから失礼なことばかり言って、あたしはここにいて、お父さんはまだ生きてる。寿命を延ばすとか、何偉そうに言ってんのよ!お父さんの運命なんて、あんたなんかに変えられるわけがないじゃない!」
「失礼しました・・・それで、どうなさいますか?少しでも努力されたほうが、より長くこの世にとどまることができますよ」
怒りを通り越して、あきれてしまった。結局、この人は自分の商売のことしか考えていないんだ。だから、人の命をどうとも思ってないような言い方をするんだ。医者なのに。
「何もわかってないのね。そんなの決まってるわ」
担当医がごくんとつばを飲む。
「あんたなんかでも、お父さんと少しでもいられる時間を作ってくれるなら、あたしはその案に乗ります。そして、少しでも償うつもりよ。何か悪い?」
「いいえ、正しい決断をされたと思います。では」
ええ、あんたの商売に関わってはいい決断だろうね!
医者がドアを閉めるのと同時に、あたしはどっと疲れてしまった。
重い空気の中に、白亜だけが取り残されたようにただ立ちつくしている。
あたしはその空間が耐えられなくて、一人でお父さんに会いに行った。
あたしのいない数時間の間にその姿を変えてしまった大事な家族を見て、やっと泣けた。
「お父さん、お父さん・・・ごめんね、ほんとにごめんね・・・」
返事はない。
「お父さん、選抜はだめだったけどね、中体連頑張るから・・・そうそう、杏がね、選抜に選ばれたんだよ。さすがだよね、すごいよね・・・」
そのうち、自分で何を言っているかわからなくなってきた。
話すたびにひとことひとこと、涙で声が震えてく。
あれからもう、かなりの時間がたっていて、ふと見上げた空には、あたしの思いとは正反対の優しい月が浮かんでいた。