あの二人が、懐かしそうに話す
月の世界の話も私には何もわからない。




記憶がなくなったことに、
もし理由があるとするなら、
神様はこの世界で、この世界の人間として
生きていきなさい。



そう言ってるのかも知れない。


生まれてきた赤子が全く何も知らないように。
知識に貪欲に全てを吸収していくように。


私も……それを求められてるのかも知れない。



だったら……ここに私の場所はない。



「そうか。
 ならば送って行こう」




男はそう言うと、
無言で私の後をついてくる。



走ろうとも、歩こうとも、
着かず離れず、私の後をついてくる男。


歩く速さを一気に緩めて立ち止まると
相手の歩みも、ゆっくりと止まる。



「あの……。

 お名前教えて頂けますか?」

「…… 斎藤 一 ……」



短く、それだけ言うと今度は、
斎藤と名乗ったその人が私の前を歩きだす。


時折、後ろを気にしながら。


大した会話もないままに、
ひたすら、数日前に入ったばかりの宿へと向かう。


そこに辿りついた時、
斎藤さんは何かを考えるようにその宿を見つめ続けた。



「あの?
 どうかしたました?」

「ここに
 友はいるのか?」



彼の質問に、笑い返して頷いた時、
突然、宿の中から飛び出してきた人が、
斎藤さんに向かって切りつける。



「壬生浪が、 もうこの場所を
 嗅ぎ付けたか」




捨て台詞にも似た
言葉を冷静な口調で吐き捨てながら
剣を放ち続ける人。



その人の剣を斎藤さんは、
一定の距離を保ちながら自らの剣で受け止め続ける。


私の周囲で刀と刀の交わりの音が
何度も何度も繰り返されていく。




「栄太郎。
 やめろ」