「山波君、大丈夫です。
 私にはまだ、やるべきことがあります。

 第一線で動き続けるだけが、総長の職務ではありませんから。
 その為に私は屯所に戻るのです。

 今の私に出来る事をするために」



そう言って力強く告げた山南さんは、
再び屯所の方へと走り始めた。



屯所付近まで帰宅すると裏口から中庭へと侵入する。


隊士たちで溢れかえるその場所は少数の隊士たちを残してガランとしていた。


庭のところどころに焚かれる松明。


松明が照らし出す、その庭にほとんどの人気はない。



「山波君、炊事場を頼めますか?

 大量のお湯を沸かし、お味噌汁とおむすびを。
 米は後から、私がお持ちします」


言われるままに、何がどうなるのかわからぬままに
炊事場へと向かう。


舞と瑠花がいるかも知れないと想いながら、
顔を出したその場所に二人の姿はない。



「山波さん、総長に山波さんのお手伝いをするように承りました」


そう言って姿を出した隊士に私は問いかける。



「瑠花と舞は?」


「岩倉君と加賀君は斎藤さんたちと一緒に出陣しました」



隊士が告げた言葉は、私の想像を超えた返答で。


不安に思う中、山南さんは約束通り炊事場にお米を持ち込んでくる。

お米って言っても、手渡されたものは今で言う雑穀米。


「山波君、これを焚いておむすびを。
 こうしている間にも、京の人の悲鳴は消えることはありませんから」



何かを悟っているかのように紡がれた言葉。


言われるままに無我夢中で炊事場に立つ。


あれほどに、震えていた包丁も何時の間にか思い通りに使えた。
次々とお湯を沸かし、米を焚き、おむすびをこしらえて味噌汁を作る。


隊士たちが帰ってきた時に振る舞うため?
戦を終えた人たちを労うため?


当初、そう思っていたのに
これは別の用途の為の支度だと知った。


全ての準備が整って、気分転換に庭の方に出た頃、
狭い屋敷の中にまで届く人々の声。



『戦をするなら、
 別のところでどうしてやらない?』


『わしの家を返せ』


『新選組が京の町を焼いた』


『何が京都を守るだ。
 他所もんが、京を荒らした』





屯所の門前に集まって来たのは京の町人たち。

戦の為に、家を追われて住む場所を失った被害者。


屯所を警護する隊士たちは、一触即発になりそうな
町人たちに向けて戸惑いながらも刃物を向ける。


その刃物を向ける隊士たちも、
困惑の表情を見せながら隊務だからと
必死に言い聞かせて、刃物を向けているようにも見えて。



「その刀をおさめなさい。
 話は私が承りましょう。

 新選組は京を守護する者。
 守るべきものを、はき違えてはいけませんよ」


穏やかな口調だけれど、真剣な眼差しをして、
ゆっくりと門の方へと近づいてくる。



「山南さん」「総長」次々とあがる声。



「責任は私が受けます。

 町人たちを中へ。
 山波君、食事をこちらへ運んでください」



指示されるままに頷いて私は炊事場へと食事を取りに向かう。


山南さんは、
こうなることを見越していたの?


必死に作った、おむすびと味噌汁を町の人たちに次々と配る。

火傷の後を水で洗い流して薬草を貼って包帯を巻く。

転んで怪我した傷口をお湯で洗い流して消毒する。


争いに巻き込まれ、穏やかな生活を奪われた怒りを
他所者の一員である新選組へと怒りの矛先を向けてきた町民たちを
留守番役の隊士たちは、一丸となってその怒りを鎮めていく。