「知ってます。

 だから……私は居るんです。
 義兄の勇姿を見送るために。

 絶対に逃げ延びてください。
 
 逃げ落ちて、
 義兄の想いをどうか伝えてください」


ゆっくりとお辞儀をすると、私は長州兵たちを見送って、
更に屋敷の中へと足を踏み入れた。


鎧兜をおろして傷口を庇うように、
腰を下ろす義兄を見つける。



「義助っ!!」


手拭いを歯で引きちぎって、義兄の手の傷を庇うように
引き裂いた手拭いを巻きつける。


「舞、来てはいけない。
 君は巻き込まれてはいけない」

「勝手なことばかり言わないで。

 散々、巻き込んでさっさと全てを背負っていくなんて
 かっこいいことしようとしないで。

 馬鹿なんだから……」


義兄に抱きついて、駄々っ子のように
その胸をドンドンと両手で作った握りこぶしで
交互に叩く。


そんな泣き続ける私を、
義兄はただ黙って髪を優しく撫で続ける。



この温もりも、もう終わってしまう。



近づいてくる足音に、
義兄は髪を撫でていたその手を止めた。




「舞、君に迎えが来たようだ」



そう言うと義兄は私の体を突き放すように、
瑠花の方へと投げ出す。




「義兄?」



そう……目の前の二人に残された時間は
もう殆どない。




「舞、生きろ!!
 君の想う人の傍で、どうか幸せに」



そうやって告げた後、義兄はその場にいた相棒とコンタクトを取り
互いの刀で、お互いに一突き。



引き抜かれた傷口からは、互いの血しぶきが飛びあい、
崩れるように地面に倒れた。



全てがスローモーションのように見えるのに
あっと言う間に、その命を終わらせようとする義兄。



「義兄っ!!」


そう言って、倒れ込んだ義兄の傍に駆け寄ろうとした私を、
瑠花が必死に両腕で私を捉えた。


「行かせない。
 舞、私たちは帰るの。

 貴方の願いは聞き届けたでしょ」


そう言って、瑠花は私の動きを封じるように言葉を続ける。




「おいっ、誰かいるのか?」



声が聞こえた間際、沖田さんが刀を抜いて、
まだ辛うじて息が残る二人にとどめを刺す姿が見えた。


「なんだ新選組か……」

「出遅れたようです。

 私が駆けつけた時には久坂玄瑞並びに寺島忠三郎、自刃」


そう告げると同時に沖田さんは再び咳こんでしまう。


「総司、舞。行きましょう」



瑠花の声に、鷹司邸を取り囲む兵士たちの間を
縫うように歩きながら、私は瑠花に支えられるように
その場所を後にした。