どうしてだろう。
全て自分で決めたはずの事なのに
池田屋事件のあの日から刀を持つことが怖い。
刃物を見るのが怖い。
何度も何度も手洗いして、
着替えたはずなのに今も真っ黒に変色した血が
こびりついているような気がして落ち着かない。
刀を握った手が血に染まって見える。
夜が来る度にリアルに襲い掛かる
私が殺意を持って人を殺してしまう夢。
私の心が私じゃなくなってしまうような
そんな感覚。
あの時……私が殺したあの人にも家族が居たかもしれない。
殺【や】らなきゃ、殺【や】られる……。
そんなことわかってる……。
だけど……その覚悟の重さの半分も私は知らなかった。
人を斬ることによって背負う罪の重さ。
自分で出来る事はちゃんとやり遂げたい。
甘えていたくない。
荷物になりたくない。
立ち止まりたくない。
そう焦れば焦るほどに、
思い通りに動かなくなる体。
日に日に怠くなっていく体は、
何時しか私を自分の部屋に閉じ込めたまま。
障子を閉め切った部屋の隅、
息を潜めて、膝を抱えながら
ただ時間だけをやり過ごしていく時間。
私が眠れるのは、土方さんに強引に連れ出されて、
剣を握らされて意識を失ったその時間だけ。
「花桜ちゃん、土産こうてきたで。
ええ色してるやろ。
花桜ちゃんの髪にぴったりや」
天井からストンと音も立てずに
降りて来て私の傍に近づいて声をかけるのは山崎さん。
部屋に閉じこもるようになっても、
彼は仕事の合間に、様子を見に来てくれる。
「……山崎さん……」
ゆっくりと顔をあげると、
手にした簪を私の前にチラつかせて
ゆっくりと髪に挿した。
「わいは……花桜ちゃんが辛いなら、
今は無理せんとゆっくりとしてたらええと思う。
花桜ちゃんは、未来っちゅうところから来たお人や。
なら、ほんまはこんなんに巻き込んだらあかんのや」
私の隣に腰を下ろして覗きこむように語り掛ける。
山崎さんの手が、ゆっくりと伸びて来て
私の目元に触れる。
「こんなに隈つくって顔色悪うして。
花桜ちゃんが辛いんやったら……わい……」
そのままゆっくりと近づいて来た山崎さんの顔。
そしてそのまま触れた唇。
ほんの少しの間だけ、
触れ合った柔らかな温もりの時間。
「あっ……」
「あぁぁ、堪忍。堪忍な、花桜ちゃん。
つい、うっかりやってしもうた。
あまりにも花桜ちゃんが……」
そう言いながら山崎さんの声は語尾が小さくなっていく。