何も考えなくてもいいように、
体を動かし続けること。




池田屋から帰ってきた人たちが、
綺麗に磨かれた清潔な屯所内で休めますように。



池田屋から帰ってきた人たちに、
美味しいご飯を食べて欲しいから。





大義名分っぽく、池田屋で戦い続ける人たちの為と
理由をこじつけて震える心を押し殺して体を動かす。



井戸から汲み上げた水を桶にいれて、
水ぶきで、畳から床からすべてをぞうきん掛けしていく。



単純な作業を何度も何度も繰り返しながら、
ただその作業だけに意識を集中させていく。



その不安をかき消すように。



床を磨いて、襖の埃をはらって。


ただ無心に体だけを動かし続け立ち止まる間もなく、
掃除道具を片付けて、炊事場に行こうと立ち上がった時、
掃除を続ける私に、視線を向けていた留守番組の隊士たちが、
『山南総長』っと次々と声を出していく。




山南さん?





慌てて、隊士たちの視線の先へと私も視線を動かす。





そこには少し痩せたように映るその人が、
今も想い通りに動かないのであろう腕を庇うように吊り、
真っ白い着物を着た上からもう一枚の着物を肩から羽織っただけの
姿で真っ直ぐに私を捕えていた。




「岩倉君」



そう言って珍しく名を呼ぶ山南さん。



ビクっと体が硬直したかのように緊張が走っていく。



ただ名前を呼ばれただけなのに、
そこにいるその人は、その場所から
心だけは池田屋事件を共にしているような気が漂っていた。




「止めないで。
 これは待つ者の戦いなの。

 私は私の祈りで総司を守りたい。

 だけど不安と恐怖で折れそうな私の心を守りたいの。

 だったら、清めて磨き上げなきゃ。
 願掛けなの。 


 信じてるの。

 だから私は、この場所で私が出来ることをするの。 

 そう決めたの。

 花桜と舞が帰ってきたら、雑務することなく休めるでしょ?
 総司が帰ってきたら、部屋が綺麗だとゆっくり休めるでしょ?

 疲れた体に染みわたる美味しいご飯も作って、
 私は私に出来ることをして待ってるの」