「あっ」

きれいなままの花びらは緩い風に吹かれてわたしの手のひらから、すべるように落ちていく。
条件反射でわたしの右手はそれを追いかけた。
でも、また潰してしまうのが嫌で、追いかけていた手の動きを止めさせて、腕を下ろした。
落ちていったそれが地面につく前にわたしは前を向きなおして歩き出そうと足を踏み込む、途端に強い風が前方から向かってきた。
ゆらゆらと緩やかに落ちていくはずだった花びらたちは一斉に枝から離れて風に乗せられ勢いよく斜め下へ突き進む。
それらが顔面に直撃してくるのでわたしはすぐに後ろへ向き直した。






長い髪が顔にまとわりついてくるので両手で払いのけると、差し上る太陽が視界に入って一瞬目をつぶる。
髪を押さえながら片目ずつあけてみるとその先にある黒い影。
人だと思ったのだけれどぴくりとも動かないから生き物じゃないのかもと目を凝らして見てみたらやっぱり人の形をしていて、でもなんかおかしいと思ったら、強風にもかかわらずこちらを見ているようだった。


不思議な感覚。
重なる面影。
動きを早める心臓。
凍える指先。

綺麗な桜吹雪の中には、あの人がいた気がした。




「――ッ!」

停止していたはずの足は勝手に動き出す。
強い風に逆らって。目を開けていられないくらいに。
走って、走って、走って。
わからない。走らなきゃいけない気がした。



―――何を、逃げてるの?