僕らが今いる今日は

 美術室に相澤がいるという状況が咄嗟に理解できなくて、準備室から戻ったわたしは、戸口に突っ立っていた。

「あっ」

わたしの存在に気づいて声をあげた相澤に、現実に引き戻されたような気がした。
目眩がする。
相澤が手にしている画用紙を見て、事態は大体悟った。
先週提出の課題の“手”の鉛筆デッサン。
真っ白な画用紙は鉛筆の跡すらない。
絵具も持っているから、課題の趣旨も理解していないのかもしれない。

「昨日の…うちの高校だったんだ」

相澤の呟きは聞こえなかったことにして、軽い会釈だけに留め、無言のまま移動して絵の前に座った。
大方センちゃん先生に呼び出されたのだろう。
関わらないのが無難。
でなければ昨日の苦労が無駄になる。

「あっ、その絵、君の絵なの」

もう放っておいてほしい、と切実に思う。
用事がないならわたしに関わらないで、とも。
精一杯の皮肉を込めて言い放った。

「だったら、何?」

「いや、その…上手いなって。
俺、美術室に入った瞬間に目に入って、感動したというか惹き付けられたというか、とにかくすげえなって思った」

相澤は悪気はない。
そんなのわかっている。
でもありふれたお世辞にはうんざりだった。

「そう。ありがと」

塗り潰し用の下地材に選んだキャンゾールの缶を開け、適当に空き瓶に流し込む。

はっきり言って失敗作なのだ、この絵は。
だから今から塗りつぶしてしまう。

「昨日はありがとう。
おかげでほうじ茶シュークリーム食べれたよ。
美味しかったよね」

正直こっちはそれどころじゃなかった、なんてもちろん言わない。
張り合うなんて、幼稚園児みたいだ。
冷静になるように自分に言い聞かせて、愛想笑いでごまかした。
こういう妙に器用なことは得意なのだ、意外と。

「甘さ控えめだったけどね」

さっさとその課題を終わらせて出ていってほしい。
本当に言いたいことはそれだけだ。