カツン、コツン。
 
 競技場のスタンドを、上半身を揺らしながら上ってきた瞬を見つけて、わたしは立ち上がった。
瞬はわたしを見つけると片手で制止して、来るな、と言った。
わたしは仕方なく腰を下ろした。
昨日に続いて、今日も暑い。
わたしのところにたどり着くころには、瞬は汗だくになっているだろう。

「真思?あの人、知り合い?」

 松葉杖が珍しいのか、望は訝しそうな視線をわたしに向けて問いかけた。
大抵の人は、そういう反応をするのだけれど。

 グランドでは、そろそろ女子の4継が始まろうかというところ。
昨日に引き続き、他人が走っているのを眺めるだけなので、正直、飽きた。
それでも、目のやり場に困って、結局、グランドに視線を向けてしまう。

「中学一緒なの。で、元カレ」

 望は驚いたようにこちらを見た。
それが、瞬が松葉杖なんだということに対してなのか、わたしに彼氏なんて言う甘い存在がいたことに対してなのかはわからないけど。
多分両方、なんだろう。

 もっとも、瞬と付き合っていたことは事実であっても、決して甘い関係なんかじゃなかったけど。

「マコ、隣いい?」

 わたしが無言でうなずくと、瞬は片足で器用に腰を下ろした。
案の定、首筋を玉汗がつたっている。

「シュン、この子、わたしの友達。木原望」

「よろしく、木原さん。俺、三浦瞬、シュンでいいよ」

 それだけ言うと、瞬は黙ってグランドのほうを見つめていた。
あんまり機嫌がよくない。
しきりにペットボトルの水を飲んで、汗を拭き、苛立たしげにため息をつく。

 瞬は人混みが嫌いだ。
好奇の視線に晒されるのはもちろん嫌だし、不安定な自分にぶつかられるのは、物理的にも怖い、と以前言っていた。
人混みの中では、いつも不機嫌そうな顔をしているくせに、不安そうに、心細そうに、きょろきょろと瞳を動かす。
 
 なら来なきゃよかったのに。
もちろん本人には言わないけれど、本音だ。
わざわざこんな人の多いところに、他人が走るのを見に来るなんて、ツラいだけだろうに。