夜の十時を過ぎて帰ってきたお父さんは、智基を呼んで、いきなり殴りつけた。
お母さんの溜息と、お父さんの怒鳴り声が聞こえる。
ウソ。
二階の自分の部屋で、一階のリビングにいるお母さんの溜息なんて、聞こえるわけがない。
でもわかるから、なんとなく。

 智基は、橋本くんを、クラスメイトに脅されていじめた、らしい。
いじめの主犯格は三浦亮介とその取り巻き一味。
でも実際、誰もいじめを止めようとしなかった。
橋本くんを見ようとしなかった。
目を逸らしてきつく瞑って、耳を塞いだ。
クラスの子はみんな、自分に災いが降りかからないように、自ら橋本くんを生贄として差し出したわけだ。
もちろん智基も。
 だからみんな、いじめを強要されても断らなかった、断れなかった。
自分がいじめられたくない一心で、橋本くんを、無視して、暴力をふるった。
持ち物を隠したりトイレに捨てたりして、教科書に酷い落書きをして、女の子の前で服を全部脱がせて、お金を持ってこさせた。
 智基は橋本くんの親友だった。
守ってあげなきゃいけなかった。
それができなかった。
智基だってわかっていたと思う。
いじめはいけません、いじめを見て見ぬ振りするのはいじめと一緒です、そんなこと、小学校のころからずーっと、何回も言われてきたんだから。
わかっていたけど、できなかった。
親友だと思っていいた相手に、裏切られてしまった橋本くんの、絶望感や悔しさや悲しみも、無視してしまった。

 お父さんの怒りはおさまらないみたいだ。
怒りというより困惑。

“ちゃんと育ててきたつもりなのに、どうしてお前はこうなっちゃったんだ?”

 ねえお願いお父さん。
続きは明日にしてよ。
おじいちゃんが起きちゃうよ。