虚ろな目をしていた。
押さえつけるわたしのことも見えていないのか、何の反応も示さない。

 不意に、橋本くんは顔を歪めて泣き出した。
生気が戻って、麻酔が切れて、意識がはっきりしてきたみたいにいろんな感情がごちゃ混ぜになって溢れ出してきたのだろう。
身を捩るようにして、苦しそうに、寂しそうにむせび泣いていた。
少し力を緩めてみて、抵抗しないのを確認して、わたしは橋本くんを引き起こした。

「…びっくりしたよ」

橋本くんは泣きながら、ごめんなさい、ごめんなさいと繰り返している。
橋本くんの服についた砂を払い、腕の擦り傷にハンカチを当てて、背中を擦る。
体を動かすと、足や腕の擦過傷が痛んだけど、自分の怪我は、二の次だ。

ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…

聞いているほうが苦しくなってしまうような泣き方だった。
橋本くん自身も、何に対して謝っているのかわからなくなってしまっていたんだろう。

「橋本くん、死ななくてよかった」

嗚咽が、はっきりと泣き声に変わった。
わたしにはどうすることもできない。
ただ黙って背中を撫で続けることしかできなかった。

 公道の真ん中で、いつまでもそうしているわけにもいかなかったので、わたしは橋本くんを立たせて、家に連れ帰ることにした。
橋本くんはわたしの家へ行くのを散々渋っていたけど、このまま放っておけば、また自殺未遂を起こしかねない。
もっとも次は未遂では済まないのかもしれない。


     *


「…真思さん」

橋本くんは呻くように、わたしの名前を呼んだ。
一旦言葉を発すると、何かが吹っ切れてしまったのか、橋本くんはえずくような声で喋り続けた。

違いますか、俺がおかしいんですか、間違ってるんですか、なんで俺が死ななきゃいけないんですか…

泣きじゃくりながら何度もわたしに確かめるように訊いた。

「でももうどうでもよくなっちゃったんです。
死にたい」

はっとした。
衝動的に、橋本くんの頬を引っ叩いてしまっていた。


     *


 橋本くんはノートに遺書を書いていた。
学校でいじめにあっていた。
遺書には主犯格と思われる名前が数名。
名前は書かれていなくても、いじめていた子はほかにもいたのだろう。

〈みんなから見殺しにされました。〉

〈親友にも裏切られました。〉

その親友は、智基だ。