相澤は望に断わって、こちらへ向かって歩いてきた。
桐島くんが半歩後ろに下がるのがわかった。
わたしの前に来ると、気まずそうに眼を逸らし、深く息を吸って、吐いて、「あのさ…」と言いかけた。
そのとき、相澤の背後に近づいてくる人影が目に入った。

「相変わらずだな」

相澤は肩に力を入れて、僅かに身を強張らせた。
後ろで桐島くんも険しい表情をしていることが伝わってくる。
空気が変わった、重たくなった。

 相澤走によく似た、茶髪、目元。
二十代くらいだろうか、横柄な態度はあまり感心しない。

「相変わらずの才能の無駄遣いだな」

突き放したような言い方だった。
でも、冷たさの裏に、戸惑いを含んでいる。
むしろ悲しそうに、もどかしそうにも聞こえる。

なんでだ―?
どうしておまえはそうなんだ―?

冷たい態度の裏側に、相澤に対する期待が見え隠れしている。
身勝手で、押しつけがましい、期待が。

 相澤の顔から、冷静さが消えた。
この人は、根本的に感情のコントロールが苦手なのだろう。
敵意も、嫌悪感も、剥き出し。
桐島くんが視線で牽制をかけているのにも、まったく気づいていないらしい。

「どうも優秀な指導者さんの練習だけをやらされて、
優秀な指導者さんの言う通りのレース運びをするだけが陸上競技と思えなくて。
指導者と相談しながら自分で考えて練習やトレーニングして、
自分でレース運びをするほうが陸上競技は楽しいですし、
それこそが本当の陸上選手と自分は思っていますので。

失礼します」

精一杯の皮肉、といったところだろうが、そのまま背中を向けて去って行った相澤は、明らかに負けだと思う。
要するに、逃げだしたわけだ。

桐島くんは相手に頭を下げ、望と一緒に相澤の後を追いかけていった。

相手は苦笑いを浮かべていた。