早めに終礼も終わり、さあ帰ろうかというときに、後ろから望に肩を叩かれた。

「真思、ちょっといい?あっち、見て。向こうの校舎、ほら、あそこ」

うちの高校の校舎は正方形の箱みたいな形になっている。
その一片の北棟校舎の隅にある三年一組の教室からは、中庭を挟んで、ちょうど反対の南棟校舎の一片の端にある六組の教室の前の廊下が見えた。

「わかんない?
あれだよ、ほら、あれ」

望が必死に指差しているけれど、特に変わったことはない。
廊下に数人の男子生徒がいて、みんな多分同じ学年なんだろうけど、顔を見たことあるくらいで、特にどうということはない。

「ほら、あの茶髪の人だってば。
相澤くんだよ、知らないの?」

望の視線の先に、確かに居た。
一際目立つ茶髪、遠くからでもわかる。

「相澤って…誰だっけ。なんか前に聞いたかな」

「相澤走くん、陸上部のエースだよ?
この前も表彰されてたじゃん」

そこまで言われて、ああそういえば、と思う。

「かっこいいよね…彼女とかいるかな?」

急に音量を下げて尋ねてくる望に、なんだそういうことかと妙に納得してしまう。
そんなことで帰ろうとしたのを引きとめられたのは、不本意だけれど。

「さあね。
陸上部なら桐島くんに訊けば分かるんじゃない?
ていうか……望って、ああいうのが好きなの?ちょっと意外」

正直、あの茶髪くんは、わたしには苦手そうなタイプに見えるし、面倒事に巻き込まれるつもりなんてない。

「べつにいいけど。
もう帰るから、用事あるし。じゃあね」

ほうじ茶シューをなんとしても買いたいし、これ以上望の恋愛トークには付き合うつもりもなかったので、振り返らずに教室を出た。


また余計なものを背負わされた気がして、肩とも背中とも言えない後ろの方がずんと重くなった。